東京高等裁判所 昭和57年(う)1357号 判決
被告人 宇野亨
〔抄 録〕
関係各証拠によれば、被告人又は厚から原判示の現金の交付を受けた和男や岩立らの選挙運動に従事していた私設秘書は、その後右の金員を他の選挙運動者に交付又は供与し、さらにその選挙運動者から選挙人に金員が供与されたこと、そして、後の交付又は供与についても、被告人と厚の間においては勿論、被告人と和男ら及び厚と岩立らとの間、さらには和男、岩立らと同人らから交付を受けた者との間においてもそれぞれ共謀のあったことが窺われる。従って、これを前提とすると、金員の流れに従って被告人と厚及びその後の受交付者の間には以後の交付又は供与について順次共謀がなされたことになり、原判示の被告人や厚から和男らや岩立らに対する各金員の交付は、以後の交付又は供与の共謀者間における金員の授受であって、その後に右の共謀にかかる金員の交付又は供与が行なわれたものであると解することができるから、このような場合には、所論の援用する最高裁判所昭和四一年七月一三日大法廷判決の趣旨に徴すれば、先の金員の交付罪すなわち原判示の被告人の交付罪は後の金員の交付又は供与の罪に吸収されるかのようではあるが、右大法廷判決の前提としている具体的事例は後の交付又は供与の罪についても既に起訴がなされていて、その訴因について現実に審判が可能な場合に関するものであって、先の交付を行なった者について後の交付又は供与の罪の共犯者としての公訴が提起されていない場合についてまで、先の交付罪が後の交付罪又は供与罪に吸収されるとして、先の共謀者間における金員の授受につき、その交付者を交付の罪で処罰することが、許されないとしているものとは解されない。
そして、かかる場合においては、先の金員の交付又は供与の共謀者間で金員の授受があれば、その段階で既に金員の交付罪及び受交付罪が成立しているのであるから、たとえ、実際には、その後さらに共謀にかかる金員の交付又は供与が行なわれた場合であっても、検察官において、立証の難易等諸般の事情を考慮して、先の共謀者間の金員の授受の際の交付行為だけを捉え、これのみについて交付罪として公訴を提起しても、それは公訴権を有する検察官の裁量の範囲に属することとして、何ら妨げのないところであると解され、この場合、裁判所としては、訴因として掲げられた事実についてのみ審理し、その交付罪の成否を判断すれば足りるというべきである。それ故、本件のように、被告人が金員の供与又は交付の共謀者と認められる者に対してその資金を交付した事実のみをとらえて交付罪の訴因とし、その共謀者が行なった後の金員の交付又は供与が被告人に対する訴因とされていない場合に、裁判所として、後の交付又は供与についてまで審理し、場合によっては、後の交付又は供与について、検察官に対し、新たな公訴提起を要請したり、訴因を追加もしくは変更するよう促すべき義務があるとは解せられない。
(四ッ谷 神垣 原田)